だばだばわかる基礎英語♡英語独学勉強法(カナエルの英語部屋)

人口2900人の村(過疎化進行中)で奮闘する英語講師が語る英語あれこれ

英語を学ぶ上での「発音」についての僕の考え ②

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みなさんこんにちは。

カナエルの英語部屋です。

今週は「発音」について色々と書いていこうと思います。このテーマはかなり内容が重く、さらに僕の発音に対する考えは一般的にあまに好感が持たれないことであるということは重々自覚をしています。なのでもし今回の内容でお気を悪くされるようなことがあれば大変申し訳なく思いますが、それでも現場の「いち先生」の意見としてみたいただければ幸いです。今日は主に学校教育での「発音学習」についてのお話しです。

 

1. 日本人の多くは「繊細さん」

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例えば英語学習の中で、人前で「R」の発音の練習をすることが僕はとても嫌でした。とても「恥ずかしい」という気持ちが強く、「外人ぶってる」と思われる行為をするこに前向きにはなれませんでした。逆にそんな事をなんとも思わないでできる人もいて、学校でも「照れずに積極的」な生徒が評価されやすい環境も好きではありませんでした。

勿論、積極的に照れずにトライすることは良い事ですし、ガシガシ前に進んでいける方が外国人の方ともコミュニケーションできるチャンスも多く手にすることができるでしょう。半面、僕と同じような気持ちを経験されている方も多いのではないでしょうか。最近は「繊細さん」なんて言葉が使われたりしています。

日本人の「照れ屋」な性格はカンタンに変えることは難しいと思います。実際にこれまでの学校教育の方法で発音に対しての成果はでていませんよね。「ネィティブと同等の発音」を本気で学校教育の中で成果をだしたいのなら「照れるな」「積極的に」と言いうだけではなく日本人の性格も加味して学習環境を提供する必要があると僕は思います。

 

2. 「文法は英語嫌いになる」「発音練習は英語が楽しくなる」

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実際に行政主導の教育に携わり、特に地方の学校教育で関係者の間では「文法が生徒の英語嫌いを促進させている」という考えが根強く「発音重視、会話重視」なら楽しく英会話ができるという考えが定着している感を強く感じました。しかし僕のように人前で何かをすることが苦手な性格の方は、人に聞かれる「発音」練習が嫌で英語が嫌になってしまうケースも多いと思います。

英語発音は日本語にない発音が特にその対象となりますが、現在の公立校では効率的な発音練習のカリキュラムはありません。外国人講師とたくさん話して「真似る」ことがある意味発音練習の常套手段となっています。

「真似る」こと自体がまず難しく、外国人講師と話す機会も授業ではわずかである中、「発音ムリ」という意識も芽生えやすく、それが「英語ムリ」という気持ちを生み出していることは「ネィティブ至上主義」である多くの教育関係者が触れたくない事実だと思います。

3. 大雑把な文言だけの「曖昧さ」が現状の学校英語

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「地域おこし協力隊」という立場ではありましたが、実際に行政に関わって思ったのは「世間一般の人から批判されないこと」が施策の基本ということでした。「お年寄りを大事に」とか「地域に活力を取り戻す」という文言があれば、いくら内容に対して批判があっても「良いことをしている」という「盾」をもつことができます。

そしてその「盾」は施策の文言を曖昧にすることによってあらゆる「攻撃」に対して防御を可能にします。具体的な対策ほどその防御が弱くなることから「万物に対応できる文言」が使用されがちです。これは公立校の英語学習に対しても同じことです。

「グローバルな人材を育てる」という文言は合っても「ネィティブレベルの発音を身に着ける」といった具体的な内容は記載されていないと思います。「失敗」を行政は認めません。なので普通に100%できることを普通に行うことが文言の通例です。しかし今の日本の英語教育が「100%」であるのなら、結果の出ていない現状の内容を貫くということになるのではないでしょうか。

4. 能力ある、意欲ある方が活躍できる環境を

先に述べたような内容を口に出すと非難されることは必死です。ただ現状に一石を投じないことには現状は変わりません。しかし行政内では自分の立場や家族の生活のことなどの心配もあり、非難を覚悟で意見を言うことはなかなか難しいことではないでしょうか。しかしそんな中でも本当に必要なことのために頑張る現場の先生たちや行政内で働く方々もたくさんいらっしゃることも僕は知っています。

そういった意欲ある現場の方々が前に出る環境が必要なのではと僕は思います。最近では行政内や教育関係者内ではなく、ネット上で教育に対する意見を前に出している方が増えています。そういった意見が平等に討論され、新しいチャレンジをどんどんしていくことが今の教育現場には必要だと思います。

「発音学習」においても効率的な方法のないままの今の教育環境ではなんの成果も出ません。「もっとこうしたらいいのに」と考えている現場の先生は少なくないと思います。そういった意見が前に出やすい環境を作ることが学校における英語教育にも発音指導にも必要だと思います。

 


 

今回のテーマはとても重いので、記事を書くのにかなり時間がかかっています。誤解のない文章にしようと何回もかきなおしているのですが、それでもまだまだ文章力が足りていないと反省するばかりです。何かの物事を変えるためには一石を投じる必要がありますが、内容云々りもその「投じ方」が重視されているのが今の世の中かなと感じています。

 

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